村上春樹「もしも僕らのことばがウイスキーであったなら」を読んで

なんと農学部の図書館にたまたまあるのを見つけました。しかも、アイルランドを訪ねて飲んだアイリッシュウイスキーの話まで書いてある(!)とのことでした。


そもそもウイスキーの語源はゲール語で「水」を表すuisce からきてるわけで、アイルランド発祥なんですね。だからウイスキーを語る際にアイリッシュウイスキーは外せないし、その点この本は信用に値すると思い、読んでみました。


______

この本はスコットランドアイラ島と、アイルランドのロスクレアでのウイスキーとそれにまつわる話をまとめた紀行文のようなものです。


文字が少ないのと、春樹の奥様の撮影した写真のおかげもあってスルスルと読めます。


アイラ島ボウモアウイスキーの話で印象に残ったのは、この島のウイスキーは磯の香りがする、という話。アイラ島は一年潮風が吹き付けるので、その香りが染み付いてしまうんですね。ボウモアを飲むときは磯の香りを舌の上で探してみよう…。



続けてアイルランドの話。僕がこの本を読んで「あ、春樹わかってるな」と思ったのは、春樹がアイルランドに関して、いってすぐに印象に残る国ではなく、帰ってきて初めてその素晴らしさがわかる国、と評していたことです。

アイルランド パブとギネスと音楽と」にて、高橋は次のように述べています。

「この国は、「ない」というものがある国、なのである。緑の草原とその根を支える大地の他になにもない。それこそがモニュメントなのだ。」

まさにここで述べられたようなアイルランドの何気ない自然を、この上なく深い緑色、と評し、国のモニュメントとして感じ取っていることが、本当に素晴らしいと思います。春樹は、ロンドンに戻った時、木々の緑がすすけてみえた、と話しています。

アイルランドのナショナルカラーがエメラルドグリーンであることも、こうした自然の色を反映してのことでしょうが、感覚的にその自然の色に気づき、それを的確に表せるのは、さすが小説家といった感じです。


また、もう一つ春樹に好印象を持ったのは、アイルランドでもスコットランドでも、ウイスキーを作る人、飲む人、に焦点を当てていたこと。

どの国でもそうですが、特にアイルランドでは、その人間模様こそがこの国を表すものになると思います。

この本は基本的に淡々と進んでいくのですが、パブでタラモアを飲むおじさんの様子だけは、とてつもなく詳細に書かれています。そして、春樹は、その様子に関して「この上なくくつろいでいた」と評しています。この表現は、アイルランドに行った人ならわかると思います。おそらく何千回目となるバーマンとのやり取りをして、いつも通り頼んだウイスキーをいつも通り飲み干す。その習慣的行動の中で、彼らはとてつもなくくつろいでいるのです。

まるで、僕が何度も行って水の中の地形まで覚えてしまった近所の川でいつも通りのポイントに淡々とルアーを通して釣りをするかのように、彼らはくつろいでいるのです。


そして、その様子を言い当て妙な表現で記していて、稚拙な言い方になりますが、とても感動しました。


蛇足ですが、おじさんが飲んでるのがタラモアなのもいいですよね(僕はアイリッシュウイスキーではタラモアが一番好きです)。



さて、ひとつ残念だったのは、仕方ないことですが、春樹がよくアイルランドについては知らないんだな、と思われる表現がいくつかみられたこと。具体的には、「ケルト音楽の生演奏が聞きたかった」という表現ですが、ここはアイリッシュ音楽と呼んでほしい、というのはワガママでしょうか(ちなみに春樹が結局パブでのセッションを一度も聞いていないようなのも残念です。あれこそこの国のモニュメントであり、同時にまさに面白い人間模様の宝庫なのに…。)

あと、パブで現地の人はあまりウイスキーを飲まない、ともいっていますが、そんなことはなくて、とくにおじいさんおばあさんは皆ウイスキーを飲んでいた印象があります。



しかし、ダブリンやゴールウェイではなく、ロスクレアを訪ねた、というのが好感がもてて良いですね。



ごっぴ