下山晴彦「認知行動療法を学ぶ」を読んで


何度か図書館で借り直してじっくり読みました。

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下山先生は認知行動療法が専門なので、他の本でも認知行動療法の話をひたすらしており、本自体の内容によっては少しズレていたり冗長に感じることも多いのですが、この本は認知行動療法を学ぶ、ということで、こちらも認知行動療法への見識を深めるつもりで読むことができました。


この本では、まず認知行動療法の定義や成り立ちについて話した後に、その用い方を、療法やクライエントの症状別に章に分けて説明しています。

章ごとには事例をもとにアセスメントや介入の方法を詳しく書いていたりするので、とてもわかりやすいです。


個人的には、Q&A方式で認知行動療法に対する世間的な誤解に対するコメントを設けた章があったのは良かったと思います。


例えば、認知行動療法は深いレベルでの変容を促すことはない、という誤解に対して、クライエントとの協働によって確実に変化を起こせる点で、むしろ実用的で、深いものになりうる、という指摘をしています(個人的には、この理論が成り立つのかどうかは疑問を感じます。後半で、行動は認知-言語、身体-生理、行為-動作、すべてのレベルで行動には主体的判断が含まれ、それゆえ深い心の働きに関与することとなる、というのは理解できました)。


また、対象を機械的に扱うものではなく、SRC(刺激反応結果)の図式のRには主体的認知が含まれ、其れを受け止め扱うことから人間味溢れるものである、クライエント中心療法と同じく共感が大切だが、心からの共感ではなくコンテクストでの共感、積極的に改善しようとしないクライエントには、消極的である理由やメカニズムをケースフォーミュレーションのテーマとする、日常生活や社会への進出の必要性、など、このQ&Aから筆者の認知行動療法への考えを多面的に感じることができます。


ただ、個人的には、このQ&Aは最も大切な疑問や誤解から逃げているようにも感じました。

それは、「認知や行動を変えようなんて自分でもう何回もやったけど、効果なかった。今更人にやられて効果あるもんか」というクライエントの主張です。

僕は彼らを勝手に「インテリクライエント」と呼んでますが、彼らは頭が良いので、自分で勉強して、セルフヘルプを試みたりしているのですね。しかしうまく行っておらず、認知行動療法に対してじれったくて効果のないもの、だと思っている節があります。また、即効果のある薬物療法に対しては好意的なのも特徴です。


個人的には、薬物療法に反対しているわけではないのですが、最終的に薬を使わなくて良いのなら薬を使わなくて良い状態にまで持っていくに越したことはないと思うのです。

下山先生は認知行動療法のデメリットを上げようとしませんが、個人的には認知行動療法のデメリットは以下の通りだと考えています。


・セラピストの技量により治療の質が大きく左右される。

・効果が出るまでに一定の時間がかかる(特定恐怖症など、ものによっては短期間で出るものがありますが…)

・クライエントの認知が頑なである場合、介入が受け入れられない。


特に三つ目は、インテリクライエントたちに見られる傾向である気がします。ただ、彼らの考えには、いくつかの誤解があります。その最たるものが認知行動療法をカウンセリングと同じようなものだと勘違いしている場合です。

認知行動療法、という名前から、人の認知に注目して、そんな考え方はこんな考え方に変えられるんじゃないかなーと指摘する、という短絡的なものに思われがちなのですが、実はこれには誤りがあります。

まず、そもそも認知行動療法は一つではない点です。

前述したのは認知再構成法(それも例示したのはかなり短絡的かつ不用意な介入なので、ラポール形成の有無に関わらず、こんなこと言っても受け入れられないのは当然です)。

強迫性障害に対する曝露反応妨害法だって認知行動療法です(ところで、米国心理学会の有効性が示された介入法リストには認知行動療法とこれらが並列して並べられていますが、この表における認知行動療法、は具体的に何を指しているのでしょうか。それとも、曝露反応妨害法なども認知行動療法の一つであるとする僕の理解が間違っているのでしょうか…)多くの技法があるなかで、人の認知を無理やり変えることだけが認知行動療法であるとはいえません(というかそれは違います)。

それと、彼らは特に自分たちの認知や行動が悪いとみなされる前提でいることに強い抵抗を感じています。これは当然の心理です。しかし、認知行動療法においては、クライエントの改善すべき思考の悪循環を見つけるなどはしても、それはクライエント自体がそこに至った過程を否定するわけではないということを強く述べておきます。

辛い環境の中で生み出した考え方を大切なものとしたいのは当然の思考でしょう。

しかし、それが自分を殺してしまっては本末転倒なので、その過程は尊重しながら、少しずつ悪循環を変えていこうとするのが認知行動療法だと考えています。


もう一つ下山先生が無視しているのは、クライエントが薬物療法を求める理由です。クライエントは「今、ここ」で辛い環境、心理状態におり、そこから早く抜け出したいのです。そこで、悠長に認知行動療法をやっている余裕はない!というクライエントも多いと感じます。

そうした患者にはまず薬物療法を行なった上で、落ち着いた状態での認知行動療法での介入が必要になるでしょう。認知行動療法がいくら進んでも、薬物療法と切り離すことはできません。


逆に言えば、薬物療法だけでは根本的な問題の解決にはならないとも考えています。ある授業で、先生が「私は睡眠障害への認知行動療法へは懐疑的なんだ。患者は今寝たいのに、そんな悠長なこと言ってる場合か」と言ってました。彼は生物学的観点からのアプローチを専門にしていたので、そのように言ったのでしょうが、前述のような理由から、投薬は行なった上で、長期的な目線での介入は行うべきだと考えるのです。


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他にも、この本で良かったのは、機能アセスメントやケースフォーミュレーションで実際に用いる用紙や記入例も示されていたことです。中々実物を見る機会はないので、具体的にどのように問題を把握しているかを確認できます。

あくまで入門書ではありますが、実践がどのようになされているのかを垣間見ることができました。


ごっぴ