大島豊「アイリッシュ・ミュージックの森 トラッドからロックのかなたへ」を読んで

前回S・スコット、D・ハストの本を翻訳していた方の本です。アイルランド音楽関係のイベントでもしばしば名前をうかがいます。

 この本はアイルランドの教育制度や政治の歴史的な変遷や、他文化との比較のよって、アイルランド伝統音楽がいかに変化し、受け入れられてきたのかを書いています。ボシーバンドやプランクシティ、ダブリナーズやチーフテンズなどのバンドが生まれた背景には何があったのかを知るためにも、素晴らしい本です。タイトルにトラッド、と入っているのがたまに傷ですが‥(キアランカーソンは、伝統音楽を本国でやるものにはこの呼び方でアイルランド伝統音楽を呼ばずに一生を終えるものも多い、とのべています)

この本のなかで印象に残ったのは、アイルランドにおける音楽のリバイバルについてです。
アメリカやイギリスにあったようなフォークリバイバルを、農村共同体において伝統音楽が受け継がれてきたアイルランドは経験していない、という従来の説に対して、アイルランド国内で田舎から都市部への流入という形で経験したという主張を筆者はぶつけているのです。余暇や金銭面での余裕が生まれて、若い世代がロックンロールに飛び付くようになり、同じ時期にアイルランドは経済方針の転換を経験します。そうした中でクランシーブラザーズがアメリカにて評価され、アイルランドの人は伝統音楽が持つ可能性に気づいた、というのです。筆者はクランシーブラザーズのヒットはロックンロール革命のひとつであったとのべています。そして、そうしたなかで様々なバンドが生まれ、それを土台にプランクシティが現れます。伝統音楽を演奏こそしていたものの、そのスタイル、そして土台にはロックンロールの要素が非常に重要だと筆者は指摘します。プランクシティは今まではなかった楽器(ブズーキなど)を取り入れて、今までは興味を示さなかった層をアイルランド音楽に取り込みました。そうしたなかで、よりリズムを強調したボシーバンドか生まれます。さらに、ムーヴィングハーツがついにこの音楽のエレクトリック化を達成するのです。そして、よりメロディ志向のつよいデダナンが生まれ、ボシーバンドとプランクシティが作ったアイルランド伝統音楽の道をならしていきます。ワールドミュージックの枠へと広げたクラナドが生まれ、チーフテンズがクラシック音楽をベースに、異種交配によりアイルランド音楽を世界に広げ、そしてドニゴールからやってきたアルタンが地方に根付く音楽を新しいものとして世界へと知らしめるのです。

これらのバンドがなぜアイルランド音楽において伝説としてかたられるのか、その背景にはこのような経緯があったというのを日本語でまとめた本はあまりないので、とても参考になります。

また、最後の章でのべられているように、著名なアイルランド伝統音楽のプレイヤーであるトニーマクマホンは、こうしたアイルランド音楽のグローバル化が、その音楽のコアに回復しがたい損傷を与えたと警鐘をならします(先日書評を書いたキアランカーソンも同様の主張をしています)。

アイルランド伝統音楽のあるべき姿については、この音楽をやる者皆で考えていく必要があるでしょう。


蛇足ですが、この本の最後についているディスコグラフィーの紹介が、名盤ばかりで非常にためになるのでおすすめです。