「アイルランド パブとギネスと音楽と」を読んで

トラベルジャーナルの出すヨーロッパカルチャーガイドの10は、アイルランドの文化についての本でした。


これがなかなかアイルランド文化を多面的に見ながら良くまとまっている本でかなり感動したので、こちらでレビューをしたいと思います。アイルランドを知らない人に、アイルランドがどんな国かを正確に伝え、かつ興味を持ってもらえる本ってなかなかないと思うので、これは良い本です。


_____


まずこの本が良いのは、最初の紹介をまさにパブとギネスと音楽においているところ。

最初のページに、カラーのバーマンとギネスの写真とともに「何はともあれギネスを一杯」の一言。

これですでに良い本なのが確定(すみません、個人的な趣味であり、偏見です) !!


実際自分が音楽をやっていてバイアスがかかっているかもしれませんが、アイルランドを語るには音楽とパブの文化は不可欠です。

私はこの文化と音楽について語るときいつも石橋教授の本の一節を思い出すのですが(気になる方は、石橋氏の著書「熱帯の祭りと宴」に関するレビューを読んでみてください)、やはり音楽が文化としてあるのではなく、パブを取り巻く文化の中に、不可分として組み込まれたものなのですね。

これを説明する面白いエピソードがこの本に載っているので.それをまとめます。


それは深夜一時のホテル。

有名なバンドが宿泊していたのですが、飲もうかとバースペースに向かいました。ほとんど貸切状態だったので、彼らはいつの間にかセッションを始めてしまいます。当然皆寝てる時間、従業員からクレームがきます。

一度は辞めたのですが、五分とたたないうちにまた演奏を始める。今度は従業員も血相を変えて止めに来る。

しかしみんなうずうずした様子で、ついに十数分で一人が演奏をはじめ、またもやセッションが始まる…。

結局朝方までそれを繰り返し、最後には従業員が警察を呼ぼうとしたところでようやく観念したそうです。


側から見たら本当に傍迷惑な客ですが、これこそがアイルランドにおける音楽が、生活に密接に関わっている証です。子供にとっての遊戯のように、魚にとっての水のように、彼らの生活に音楽はindispensableなもので、楽器を与えれば彼らはまさに水を得た魚のように弾き、歌い、踊り出します。

集まり酒を飲み語る、というのと同じように、音楽が、踊りがあるのが、アイルランドのパブの文化というものなのです。

この本は、商業的な音楽の話もしつつ、それらとは分けてこうした生活の中の音楽の話をしている点で、とても素晴らしい本だと思います。


勿論商業的な音楽が悪いというわけではありません。もっと言えば、商業的な音楽も、伝統的なものが根本に根付いていて、そういう意味ではやはりアイルランドだからこそ生まれた音楽だと言えるでしょう。この本では、そのようなアイルランドという国の様々な音楽文化が、伝統的なものから新しいものまで分け隔てなく、余すところなく紹介されています。オススメのCDまで紹介されているので、初めてアイルランド音楽に触れてみようという人にも安心です。


また、この本がすごいのは、パブとギネスと音楽と、なんてタイトルを冠しておきながら、なんとそれ以外の文化にしっかり触れていること。アイルランド音楽、と銘打っておきながら音楽にすら満足に触れられていない本もある中、これはとても素晴らしいことです。


文学、映画、宿、食事、スポーツ…果てには、政治に関してまで、多方面からアイルランドという国を見た本なので、音楽に惹かれ読んだ僕も、読み終わった時にはまさにアイルランドで何日も過ごしたかのように知識がついていました。

前述の通り、日本でこのような本はないので、ぜひ関係者の方もそうでない方も手にとっていただければと思います。


最後に、アイルランドの音楽の素晴らしさを伝えるエピソードをもう一つ。


ある演奏家に「あなたが音楽の楽しさを意識したのはいつですか?」という質問に、その演奏家はこう答えたそうです。

「母親のお腹の中にいる時だよ」


ごっぴ