スタンリー・スコット、ドロシア・ハスト著 おおしまゆたか訳 「聴いて学ぶアイルランド音楽」を読んで

サークルの寄贈本としてあったので読んで見たのですが、これまで読んだ本の中でもアイルランド音楽の不思議な魅力を感じるには一番の本なのではないかと感じます。

通常アイルランド音楽の本となると、アイルランド音楽の歴史や楽器、リズムの説明、そして代表的なミュージシャンの説明に終止するものが多いなかで、この本はアイルランド音楽の魅力について、他の本とは違ったアプローチで紹介しています。

そのアプローチが、実際に著名な伝統音楽家を交えたインタビューや、現地でのセッションへの参加などのフィールドワークです。
Junior Crehanのセッションに参加した筆者が本人に聞いた逸話であったり、Mary McnamaraやKevin Crawfordのインタビューは本当に貴重でなおかつアイルランド音楽の魅力を伝えるものとなっていました。

例えば、アイルランド伝統音楽の著名なプレイヤーでJunior Crehanとの会話の中で、彼がこっそり庭に忍び込んでダンスマスターが弾くフィドルを真似て曲を盗んだ話が載っています。 
アイルランドではかつて、ダンシングマスターと呼ばれる人が国中を回り、曲と踊りを広めた時期がありました。それこそJunior Crehan が青年になる頃までの文化だったので、この話はとても貴重な話です。
曲を妄りに教えたがらないダンシングマスターから曲を聞き出すため、Junior Crehan は庭に忍び込み、協力者である友人がダンシングマスターに曲を弾かせます。そして、その演奏を庭から盗み聞きしたjunior Crehan は、ただちにそれを覚えてしまったと言います。そして、その時にダンシングマスターから盗んだ「酔っ払った酒の計量官」という曲は、彼だけが弾ける曲となった、というのです。
このような話を聞くと、まるでひとつの曲が秘密の財宝のように思えてきて、非常にロマンがあります。

また、Mary Mcnamara のインタビューでは、音楽一家に生まれた彼女が音楽と共に育ったストーリーが語られ、そうしたなかで、ある面ではアイルランド音楽のコンテスト等を疑問視する姿勢を示します。
Kevin Crawford は、イギリス在住でありながら、幼少期から毎年アイルランドで行われるアイルランド音楽の祭典「フラーキョール」に参加するのが楽しみであったこと、そして、実際に参加したときの(今の彼からは考えられないような)失敗談についても述べられています。

この一連の話を読めば、アイルランド音楽を知らない読者にも、いかにアイルランド音楽が音楽としてでなく生活の一部として根付いていたのかが感じ取れるのではないかと思います。ある曲だけをうまく弾けるミュージシャンとなるのではなく、日々音楽に囲まれ、アイルランド演奏家たちはいわば副産物的に演奏家となっていくのです。

また、こうした面白いインタビュー以外にも、歌についての話や、果てには笛の装飾音講座まで、多様内容を網羅したものとなっています。 
何より、本文中に出てきた人々の演奏や歌が、CDとして収録されているのが大変素晴らしいです。中には本当に貴重な音源や著名なミュージシャンによる演奏もあり、音楽ファンにも垂涎の一冊となっています。

最後に、訳者のおおしまゆたか氏は、自身のブログでこの本について次のように述べています。

「入門書はともすれば表面的な話で終わってしまいますが、これはまずいきなりディープなところにひきずりこんでくれます。といって難しい話になるのではなく、アイリッシュ・ミュージックを支える土台の現場につれていかれるわけです。(中略)アイリッシュ・ミュージックは、その奥義に入ろうとすると、ホンモノの愛をそなえているか、奥義に入るだけの資格があるか、試されるのです。(中略)
 この本はそういう、ごく基本的なことからアイリッシュ・ミュージックの姿を描いています。極端に言えば、自分はアイリッシュ・ミュージックがほんとうに好きなのかどうか、この本を読むと判断できます。」
(http://blog.livedoor.jp/yosoys/archives/51143682.html より引用)

この文章のとおり、アイルランド音楽が好きな人には、本当にたまらない一冊です。