司馬遼太郎「愛蘭土紀行Ⅰ」を読んで

坂の上の雲で有名な司馬遼太郎の、街道をゆくシリーズのアイルランド編。とにかく司馬遼太郎の知識量が半端ではないので、旅先で見た景色や会話が、須らく別の専門分野と結びついていくのをひたすら眺める本です。
私事ですが、アイルランドの大学に半年留学していたので、とても楽しく読みました。

前編は、イギリスはリヴァプールからアイルランドはダブリンまで渡る頃には既に半分以上終わってるので、アイルランド紀行というよりはイギリス紀行なのです。しかし、800年もの間イギリスの植民地だった歴史的な経緯を考えると、イギリスについてしっかり書くことも大切なのかと感じました(しかし、個人的には早くアイルランドにいけよといらいらしていましたが)。

個人的に好きなのは、アイルランドでの妖精の存在について述べた章で書かれていた内容。

司馬遼太郎によれば、アイルランドキリスト教が他宗教を淘汰し神が特定された他のキリスト教の国と違い、唯一妖精という存在が許された国である、とのこと。
アイルランドの授業で、アイルランド音楽と妖精の関わりについて、"Otherworld"からの存在として非常に重要視されてきた旨を習いましたが、音楽に限らず、文学(イェイツのケルト妖精物語が最たる例でしょうか)、その他文化、風俗にも大きく結びついています。

その他にも、アイルランド系のメンバーがいるビートルズや、スウィフトの食肉輸出に関する驚くべき風刺文を例に挙げて、アイルランド人のデッドパン(辛辣な風刺)の文化について述べているのも面白いです。
アイルランドジョーク本を買った友人とそのジョークの言い合いをしていたのですが、全く笑えない辛辣なものも多く、当時は首をかしげましたが、今思えばあれがデッドパンだったのでしょう(ここでは紹介ははぶきますが、いつか機会があれば改めて紹介をしたいと思います)。


本の後半では、ようやくダブリンに到着します。
そこで出てきたオコンネルストリート(アイルランド中心地を流れるリフィー川の北側にある大きな通り)やらダンレアリー(アイルランドからイギリスのホーリーヘッドまでの船が現在でもでる港町です)など、懐かしい地名やそこでのやり取りがたくさん出てきてとてもノスタルジーを感じました。
さらに、そこで自分の乏しい知識では感じきれなかったものを司馬遼太郎が丁寧に書きとめてくれているので、まるで半年越しにダブリン生活を追体験しているようにも感じました。
それでも司馬遼太郎も述べているように、ジョイスの良さを本質的な部分で理解するには、きっとアイルランド人に生まれ変わらなければ無理なんだろうなと思います。

また、現地で出会った日本人たちとのやり取りが出てくるのですが、彼らが現在ではアイルランド関係の様々な分野の日本での第一人者になっているのもとても面白いです。

下巻はついにアイルランドの田舎へと向かっていくようなのでとても楽しみです。