岩壁茂・福島哲夫・伊藤絵美「臨床心理学入門〜多様なアプローチを越境する〜」を読んで

この本は、とあるサイトで「臨床心理学について学ぶならなくてはならない本」として紹介されていたので、気になって読んでみました。


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大学では、 下山先生の臨床心理学入門の授業を受けていましたが、下山先生は(彼の授業を受けたり、著書を読んでもわかるように)認知行動療法が専門であり、逆に言えばそれ以外の伝統的な精神分析に触れる機会というのはなかなかないです。対してこの本では、様々な臨床心理学的アプローチについて、広く知ることができます。なので、臨床心理学が何なのか全くわからない、臨床心理学は興味あるけど、学びたい専門は決まってない!て人にはオススメの本かもしれないです。


冒頭では、心理学というものの意義に触れ、その後各アプローチについて言及した後、それらの比較や、実践方法について述べています。


この本のすごいところは、精神力動分析、ヒューマニスティックアプローチ、そして認知行動療法という三つの観点で臨床心理学について解析し、最終的にはその三つの視点でそれぞれ実際に事例への介入例を示していることです。


精神分析の本は精神分析認知行動療法の本は認知行動療法に内容がどうしても偏りがちなので、この本のように様々なアプローチについてその長所と短所を示した本はなかなかないです。

そういった意味でも、この本は大変読み甲斐があると思います(さらに、それぞれのアプローチを専門にする著者から、他のアプローチへのコメントまであったりするので、研究者目線で他のアプローチがどのようにみられているかがわかります)


この本を読むと、やはり認知行動療法が科学-実践モデルを確立しており、一番その実用性を感じやすかったのは事実です。また、他のアプローチが人の心にしか焦点を当ててない一方、認知行動療法はbio-psycho-socialモデルに基づき、しっかりその人の生物的側面や周囲の社会的側面にも気をつけているのが、比較により一層明らかになりました。

一方で、ロジャースのクライエント中心療法は、ヒューマニスティックアプローチでありながら、すべての心理療法において、ラポールの形成になくてはならないアプローチであることを感じます。

本にもあったように、臨床でのアセスメントが中心となる、など、三つのアプローチには共通点もあるということでしたが、共感の細かい内実こそ違うとは言え、患者の話を傾聴し、共感しながら受容した上で介入方針を立てて行くというのは、どのアプローチにも必要なことであるように感じます(療法によっては、聞くことそのものを重視するものもありますが、いずれにせよ、患者の言うことを無視したセラピスト一強型の介入というのはどのアプローチでも否定されているようです)。


また、個人的には、文中のこの記述にとても強い興味を持ちました。


「臨床家はクライエントと接する上で、一人の人間として深く感情的、個人的なかかわりをもつ(中略)自己の内面に起こっていることに注意を向け、それを理解する自己モニタリング・セルフケアを行い、私生活と仕事のバランスを取り、常に個人としての充実感を追求する」


精神力動アプローチではとくに患者の転移を受け止められるように、こうしたセルフケアが必要であるということでしたが、これはどのアプローチでも必要なことに感じます。


昔から、自分はあまり人と違って、所謂「病んだ」経験はありませんでした。もっと言えば、そういった経験のたびに、自分で色々考えて乗り越えてきました。

しかし、臨床心理学に興味を持っている人で、周囲のできる人は皆そういった境遇の人で(たまたまですが)自分みたいなあっけらかんとした人間は、患者に受け入れてもらえないのではないかと、その実不安でもいました。

しかし、この記述を是とするなら、むしろセラピストは病んでいてはいけないのです。臨床心理学において、セラピストの「医者の不養生」は大きな問題であり、セルフヘルプを行い、しっかり自分を保てる人が真にセラピストとなる資格があるのです。そう考えると、自分のやってきたことが肯定されたようで、少し嬉しかったです。


あとは臨床心理士への処方権の認可の話など、面白い話はたくさんありました(アメリカでは一部で臨床心理士への処方権が認められているそうです。処方権はともかく、日本でも医師などと協働しての臨床心理士の専門性やその必要性が認められると良いですね)。


そしてこの本の最終章では臨床心理学の研究への用い方にまで触れていて、本当に未習の人から研究志向の人まで、様々なニーズに応えた本であると感動しました。


ごっぴ